5 PCIの治療効果(ステートメント3)
 
 安定冠動脈疾患に対するPCI に関しては,11編のランダム化試験を統合した2,950人のメタ解析の結果から初期内科治療群と比較してPCI 先行群に生命予後改善効果・心筋梗塞発症予防効果を認めないことが示されている2).また,安定狭心症患者2,287人(左主幹部病変除外,左前下行枝近位部病変31%,1 枝病変31%,2 枝病変39%,3 枝病変30 %, 糖尿病合併33 %) を対象としたCOURAGE試験(ランダム化試験)では全例に至適薬物治療(optimal medical therapy;目標:(1)禁煙,(2)LDL値60 ~ 85mg/dL,(3)HDL値40mg/dL以上,(4)triglyceride値150mg/dL未満,中等度の運動30~ 40分週5 回,BMI25Kg/m2未満, 血圧130/85mmHg未満,HbA1C(NGSP値)7.0%未満)を継続することを前提にした上で,PCI 先行治療群と,まず至適薬物治療のみで治療を開始し,必要に応じてPCI を行う群(初期積極的内科治療群)を比較し,観察期間4.6年で死亡,心筋梗塞,不安定狭心症の発症率に両群間で差がなかった3).さらに2009年に発表された糖尿病患者1,605人(左主幹部病変除外,左前下行枝近位部病変10.3%,1枝病変・2枝病変不明,3 枝病変20.3%)を対象としたBARI 2D試験(ランダム化試験)でも,初期積極的薬物治療(intensive medical therapy;目標HbA1C(NGSP値)7.0%未満,LDL値100mg/dL未満,血圧130/80mmHg未満)のもとではPCI 先行治療群と初期積極的内科治療群(PCI 追加治療群)で観察期間5.3年間の生命予後,心筋梗塞発症率は変わらないことが報告されている4),5).生命予後ならびに心筋梗塞発症に影響しない説明としては,(1)急性冠症候群の原因となる不安定プラークの多くは非有意狭窄病変である.狭心症の症状の原因となる有意狭窄は安定プ
ラークからなることが多いため,PCIによる有意狭窄の局所治療は心筋梗塞・死亡率に影響しなかった.(2)COURAGE試験,BARI 2D試験はともに薬物治療群の心事故率が予想されたよりも低かった.これは積極的リスク管理による全身治療が有効であるためと考えられる.(3)初期積極的内科治療群では対象症例の30~ 40%を占める薬物療法に反応が悪い重症心筋虚血症例の責任冠動脈にPCI を行い,心筋虚血を改善してしまうこと.以上の3点が考えられている.なお,(3)で示すように
初期積極的内科治療群では約1/3の症例にPCI が実施されており,初期積極的内科治療とPCI 先行治療との比較はPCI を先にするか,後から症例を選んでするかという治療法の比較であり,両群間に差がないことはPCI に生命予後改善効果や心筋梗塞発症予防効果がないことを意味しない.PCI の生命予後改善効果や心筋梗塞発症予防効果を観察する研究のためには,薬物療法に反応しない症例に対してもPCI をせずに長期間観察する必要があるが,このような研究は倫理的に許されていない.

 またCOURAGE試験の結果では,狭心症症状,QOLの改善に関しては初期積極的内科治療と比較し,PCI 先行治療で良好であるが,2~ 3年後には同様であった6).この主な理由の1 つとして初期積極的内科治療群では内科治療に反応しない症例にPCI を施行することが考えられる.

 国内の低リスク安定狭心症患者384人(1枝病変67.5%,2 枝病変38.5%,糖尿病合併39.6%,左主幹部病変・3枝病変・左前下行枝近位部病変は除外)を対象としたJSAP試験(ランダム化試験)でも,PCI 先行治療は初期内科治療(initial medical therapy:投薬は各主治医の判断に任せる)と比較して観察期間3.2年で生命予
後改善効果,心筋梗塞発症予防効果は認めなかった7).しかしCOURAGE試験の結果とは対照的に不安定狭心症予防効果を認め,狭心症状の改善も3年後でもPCI 先行療法の方が良好であった.COURAGE試験とJSAP試験の結果の相違に影響した要因として,両者で病変背景や投与薬物がかなり異なり単純な比較は難しいが,以下の2点考えられる.(1)COURAGE試験ではリスク管理が厳密に計画されているのに対してJSAP試験では経過観察中のスタチンなど薬物治療が各主治医の判断に任されている.(2)PCI 施行直後の合併症としての急性冠症候群の頻度が欧米と比較して我が国のPCI では少ないためである可能性もある.

 メタ解析の結果からDESはBMSと比較して再血行再建の頻度が有意に低下し,DESの再狭窄抑制効果が証明された8),9).しかしPOBA,BMS,DESとデバイスの進歩とともに再狭窄率は改善したが,生命予後,心筋梗塞発症率は改善していない8),9).この理由として以下の2点が考えられる.(1)再狭窄例に対し再PCI が容易に行われるため,心筋虚血の程度としてはデバイスの種類で差が生じない.(2)デバイスの進歩とともにPCI の適応拡大が行われ,より重症冠動脈疾患に対しPCI が施行されている.

※  NGSP値は2012年4月1 日より我が国で新たに施行されるHbA1c 検査の標準化法に基づく検査値.これまで我が国で標準化され使用されているHbA1c(JDS
       値)との関係は,NGSP値(%)= 1.02x JDS値(%)+ 0.25%,JDS値5.0~ 9.9 % の実用域ではHbA1c(NGSP値) =HbA1c(JDS値)+ 0.4%となる.
 
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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン
(2011年改訂版)

Guidelines for the Clinical Application of Bypass Grafts and the Surgical Techniques( JCS 2011)