6 CABGの治療効果(ステートメント4)
 1994年Yusuf らによる7編のランダム化試験を統合した2,649人のメタ解析の結果から,安定冠動脈疾患患者(左主幹部病変6.6%,左前下行枝近位部病変59.4%,1枝病変10.2%,2 枝病変32.4%,3枝病変50.6%,糖尿病合併9.6%)に対するCABGは初期内科治療(37.4%が経過中にCABG施行)と比較して生命予後が良好であり,CABG自体が生命予後改善効果を有することが証明されている10).この生命予後改善効果は5年目から顕著になり10年目まで持続する.またサブ解析から,この効果は左前下行枝近位部病変,3枝病変,左主幹部病変,低心機能患者にみられ,左主幹部病変で最もその効果が大きいことが示されている.一方1枝・2枝病変患者では効果は見られない.

 近年は長期グラフト開存率が良好な内胸動脈グラフト使用によるCABGが‘golden standard’である.米国の多施設・大規模レジストリー試験の結果から,静脈グラ
フトと比較すると内胸動脈グラフト使用によりCABGの生命予後改善効果が増大することが報告されている11).この効果も顕在化に8年必要であるが,長期間(16.8
年間)持続する.さらにTaggartらによる観察研究のメタ解析から両側内胸動脈グラフトを使用することにより,さらに生命予後が改善することが報告されている12)

 Yusuf らの報告は1970~ 1980年代に行われたランダム化試験を統合したものであるので,最近の手術手技や現代の各種薬物治療の進歩を反映していない.すなわちYusufらの報告は(1)CABGの30日死亡率3.2%であり最近の成績と比較して不良である.(2)生命予後を改善することが知られている内胸動脈グラフト使用率は10%未満である.(3)近年使用されているスタチン,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)等が用いられていない.

 最近の糖尿病患者763人(左前下行枝近位部病変19.4%,1 枝病変不明,2枝病変不明,3枝病変52.4%)を対象に行われたBARI 2D試験の結果では,初期積極的薬物治療群(39.7%が経過中に冠血行再建術施行)と比較してCABGは5年間の生命予後に差を認めていない4).また多枝病変患者611人(左主幹部病変と低心機能は除く)を対象としたMASS II 試験(ランダム化試験)では,薬物治療(39.4%が経過中に冠血行再建術施行)と比較してCABGは5年間の経過観察では全死亡,心臓死に有意差を認めなかった13).しかし10年の経過観察で全死亡に差はないものの,CABG群で心臓死が有意に低くなってきたことが報告された14).最近の積極的薬物治療下ではCABGの生命予後改善効果の大きさが相対的に小さくなっているか,あるいは治療効果の顕在化に必要な期間が長くなっている可能性があり,CABGの生命予後改善効果の正確な大きさ,持続期間の検証のためには10年以上の長期間のランダム化試験が必要であると考えられる.

 心筋梗塞発症予防効果に関してBARI 2D試験でも初期積極的薬物治療群と比較してCABGでは心筋梗塞発症率が低いこと5),さらに活動性などQOLもCABG群
で良好であることが示されている15).またMASS II 試験の10年目結果でも薬物治療と比較してCABG群の心筋梗塞発症率は低い14).CABGによる心筋梗塞予防
メカニズムとしてはプラークが破綻した場合でも破裂部位の遠位にグラフトがバイパスされていれば心筋が保護される(distal protection)ためと考えられている16).また狭心症状の改善に関してはMASS II試験の10年間の経過観察で初期内科治療と比較しCABGで良好であった14)
 
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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン
(2011年改訂版)

Guidelines for the Clinical Application of Bypass Grafts and the Surgical Techniques( JCS 2011)