1 背景
1960年代に大伏在静脈(SVG)を用いて始まった冠状動脈バイパス術(CABG)は,虚血性心疾患に対する代表的な外科的血行再建法として定着したが,以後現在
に至るまでに2 つの大きな変革があった.
第一は,動脈グラフトの開発である.SVGの粥状動脈硬化病変の急速な進展による低い長期開存率が明らかになるに従い内胸動脈(ITA)が利用され,特に左前下
行枝(LAD)へのITA吻合が長期予後を改善することが明らかにされた.ITAに続いて,右胃大網動脈(GEA)や橈骨動脈(RA)がグラフトとして臨床応用され,これらの動脈グラフトを多用した動脈グラフトのみによるCABG(total arterial revascularization)への転換である.
第二は,体外循環を使用して心停止下に行うCABGから,体外循環を使用しない心拍動下CABG,off-pump CABG(OPCAB)の登場とその急速な普及である.
この2つの流れが合流し,ITA-LAD吻合を基本としながら,左右のITAにGEA,RAを用いてT-graft,Y-graft等のcomposite graft,また1本のグラフトで複数枝を再建
するsequential graft等様々なグラフト使用法が提唱され,これらを駆使したOPCABが施行されるようになった.
OPCABの普及は我が国において急速であり,2010年の日本胸部外科学会年次調査では全CABG手術の60%以上がOPCABで行われ,動脈グラフトのみの使用率も50~ 60%となっている.これはOPCAB施行率が15%前後でグラフトはLITA-LAD吻合+SVGが広く行われる欧米と比較して顕著な差異である.
一方,動脈グラフトには静脈グラフトには見られない生物学的反応が見られる.バイパスを受ける冠動脈の狭窄病変が緩いと血流競合の結果,グラフトのやせ現象
(string現象)を生じて,血栓化閉塞することがある.これはITA,GEAのように有茎動脈グラフトの場合は動脈自体の血流供給能の問題として理解される.
RAはスパズムを起こしやすくCABGグラフトとして一旦見捨てられたが,カルシウム拮抗剤によりスパズムが防止されることが判り再登場したグラフトである.
A-Cバイパスグラフトとして使用されるRAもまた狭窄度の緩い血管と血流競合を生じると容易に閉塞しやすいことが経験的に知られており,どのように扱うべきか
については現在でも議論が続いている.
本ガイドラインは,「虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン」作成班が“如何なるグラフトをどのような対象者にどのように用いるか”を内外のエビデンスを集め検討を重ねた結果,「2004 - 2005年度合同研究班報告」として作成したものを今回部分的に改訂したものである.
虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン
(2011年改訂版)
Guidelines for the Clinical Application of Bypass Grafts and the Surgical Techniques( JCS 2011)